ルーレット自動販売機
僕がいつも利用している駅のホームには、ほとんど使われていない自動販売機がある。
買える飲み物は三つしかない。
お茶と炭酸飲料、それから、なぜかコーンスープ。
コーンスープは、夏でもホットのままだ。
僕はいつもそれを眺めながら、電車を待っている。
これまで買う人を見たことはなかったが、ある朝、初めてその前に立つ人を見かけた。
その人を見るのも、初めてだった。
最近越してきたのだろうか。
決まった時間に、見知らぬ人がホームに立っているだけで違和感を覚えるほど、小さな駅だった。
その人は、自動販売機に付いているルーレット機能を使って飲み物を買っていた。
ある日はお茶、別の日にはコーンスープ。
続けて炭酸飲料が出る日もあった。
この寒さで、冷たい炭酸はきついだろうな、と僕は思いながら、いつものように眺めていた。
その日も、炭酸飲料が当たったらしい。
その人は小さくため息をつき、体をかがめて取り出した。
「……面白いですか?」
気づくと、僕は声をかけていた。
その人が振り返り、少し困ったように笑う。
「……面白くないです。この寒い時に、冷たい炭酸って、ちょっと」
「普通に選ばないんですか?」
乾いた笑いをして、その人は言いにくそうに口を開いた。
「笑わないでくれます?」
念を押されて、僕は頷いた。
「この自動販売機、三つしかないでしょう。今日の占いとして買ってるんです」
「占い?」
「――好きな人と、話せるかどうかの」
思わず、眉が動いた。
その人の口から出てきた言葉が、少し意外だったからだ。
「……炭酸が出た時は、どういう結果になるんですか?」
「全然だめですね。今日は話せない、って感じです」
「じゃあ、コーンスープは?」
「ばっちりです」
「お茶は?」
「挨拶くらいですね」
「なるほど」
そう返しながら、やってきた電車の車両に乗り込んだ。
その人は反対側の電車に乗るため、ホームに残っている。
翌朝、コーンスープを当てた。
その人は嬉しそうに受け取り、缶を両手で包むようにして暖を取っていた。
「……おはようございます。昨日は、やっぱり全く話せませんでした?」
「あ、おはようございます。そうですね。部署が違うので、話せることの方が珍しいんですけど」
「そうなんですね。今日はコーンスープですね。話せるといいですね」
僕はそう言って、車両に乗った。
毎朝こんな調子で、一言二言交わすだけだった。
ところが、その人が来なくなった。
体調でも崩したのだろうかと思い、最初は気にしなかった。
それが一週間続くと、さすがに落ち着かなくなった。
ある朝、ふと思い立って財布を取り出した。
自動販売機に硬貨を入れ、ルーレットを回す。
ガラン、と飲み物が落ちる音がした。
体をかがめて、それを取り出す。
――炭酸飲料。
「……」
小さく息を吐いた。
寒い空気の中で、冷たい炭酸を口に含む。
人工甘味料特有の甘さが、舌の上に残った。
「……ああ……」
結局、その人とは、もう二度と会えなかった。