PROFILE

志方 弥公 (しかた みさと)


 

misatoshikata

聴覚に障害を持っています。(先天的)

気付いたら耳が聞こえてなかったみたい。猛特訓をして、口話術を身につけました。
手話も出来ます。今度は国際手話を勉強する予定です。

 

兵庫県在住

瀬戸内海気候である神戸に近い西宮市に住んでいます。かといって甲子園からは遠い土地です。

有川浩氏の「阪急電車 (幻冬舎文庫)」の電車をこよなく愛します。あの独特な高級感が好きです。

 

1981年生まれの酉年

出身は神戸市です。たぶん、一生関西から出られないんだろうな、と思うこの頃です。

 

現職:

画家・株式会社MISATO SHIKATAの代表取締役

 

趣味:

美術鑑賞……結構独特な絵が好きです。カラヴァッジョ、ラ・トゥールのような光と影を表現する画家が好きだったり、鴨居玲やアーノルド・ベックリーンのようなダークサイドな絵が好きだったりします。

仏教関連……11歳の時に奈良の興福寺におわす阿修羅像に一目惚れして、仏像にはまりました。造形美に魅入られます。神社仏閣巡り(パワースポット巡り)も大好きです!

旅行……今度はクロアチアの世界遺産に行きたい。世界一周旅行する。

不動産物件巡り……意外と好きだったり。

最近はまってるもの……ゴルフ、アクアリウム

 

志方弥公の取扱説明書:

カバラ数秘術では33という、フィギュアの羽生結弦選手と同じナンバーを持っているので、けっこう変人ではないかと思うんです。(ゆづくんも結構変人……だよね笑)

浅い付き合いのままなら、普通の常識人……かもしれません。

が、ディープになればなるほど、「アレッ!?」って思うようになってくるんですよねぇ、大概。

そうして、激しい違和感を覚える人と「面白いじゃん」と楽しめる人、に分かれていくんだと思います。

面白いじゃん! と付き合ってくれる人が残って、長い付き合いになります。

ただ、自分のことは殆ど話しません。聞かれない限り、話さないからです。しかし、深い付き合いになっていけばいくほど、心を開き、ぶっ飛んだ話をしてしまうのが玉に瑕。

 

経歴:

2007年 電子書籍で小説を出版

2008年 絵画を描き始めて、絵を販売開始。それ以降、CDカバーイラスト、マスコットキャラクター、本の装丁イラスト、ポスターイラストなどを手掛ける。

2010年 バーゼル美術展(ドイツ)に出品

2015年
5月  渋谷の東急東横店の2-3階踊り場壁画担当
11月10日~15日  西宮市甲子園「Cafe ココカラ∞」志方弥公個展
11月21日~12月27日 八王子市夕やけ小やけ ふれあいの里主催 志方弥公展

2016年
2~3月 東急プラザ銀座「HINKARINKA」三階 フィッティングルーム壁画担当

 

受賞歴:

1995年11月 西宮市中学生主張大会 金賞

1998年1月 兵庫県ボランティア論文 兵庫県知事賞

2015年2月 スペイン・バルセロナ国際サロン 銀賞

2015年2月 Shiu 「Paralym Art」CDジャケットデザインコンペ 受賞

 

絵を描こうと思ったきっかけ:

よく聞かれますので、ここでも書きます。

小さい頃から絵を描いてました。

二歳の時にこんな絵を描いてました。(父がずっと大切に持っていたもので、この絵を見た時、両親は絵の才能がある、と驚愕したそうです笑)

その後、小学校一年の時に、鶏の写生をした時に、ピカソの少年時代ばりのリアリティのある鶏を描いてしまったので、先生が勝手にコンクールに出して、最高賞を受賞し、校長室に飾られたというエピソードもあります。その後も次々と受賞しますが、本人は興味なし。嬉しかったのは図書券を貰えたことくらいです。

しかし、当の本人である私は、絵描きになりたいと思ってませんでした。趣味のままで、仕事は別のことがしたいと思ってたくらいです。

中学までは漫画を描いていましたが、高校に入るとぴたっと止めてしまいました。

それから26歳になるまで、一切絵を描いていませんでした。

けれど、26歳になった頃に、人生の転機を迎えました。

それまで、自分の身体は健康であり、長く生き、死なない身体なのだろう、という思い込みがありました。神はそれを諭すかのように、私の身体に病を植え付け、私に揺さぶりをかけてきました。

初期段階での発覚だったので、事なきを得ました。

強く死を実感しました。死はいつでも突然にやってきて、私たちを戸惑わせるのだ、と。

その時に、自分がしてこなかった後悔ばかりを指折り数え始めるのです。

そうした時に、浮かび上がった中の一つが、絵を描くことでした。

まず手始めに絵を描こう、と思い立ち、新しい絵の具や筆を買い始め、今に至ります。

ブログに絵をアップしたことで評判を呼び、絵を売るサイトに売り出したら瞬時に売り切れてしまったこと、色んな連鎖が起きて、とうとう、東京のショッピングビルの巨大壁画を手掛けることになってしまった、一種異様な運命を持っています。

最近は私が作った絵本がミュージカル化してしまいました。

次は何をしましょうか? また壁画を描きたいと思っています。私の色彩で、人を元気にさせる力があるみたいだから。

 

志方弥公